静岡高校の進路講演会で講師として、お話させていただきました。今回はその内容を書かせて頂きました。
風邪の時に、みなさんも飲んだことがあるかもしれない葛根湯は、今から2000年前に書かれた傷寒雑病論に載っている漢方薬です。この本にもとづく治療を行う流派を古方派と言います。古方派の漢方は、鍵と鍵穴のようにカチッとはまった時に、劇的によくなります。8ケ月前から続いていたじんましんが当帰四逆加呉茱萸生姜湯を服用して1~2日でほとんどでなくなった例がありました。漢方の大家、宇津木昆台著『古訓医伝』によると、「当帰四逆湯の証に姜附の剤を与えるのは、大力(だいりき)の賊に組み伏せられたときに、傍らより引き伏せられた人にのみ力をつけて引き起こさんとするようなものである。これ先に其上にのりかかりたる大力の賊を引き除かなければ其人を起すことが出来ない、其賊さえ引き除くときは、其人自ら起きて、未だ何の害もないようである。」とあります。つまり、大力の強盗のような寒ささえ除けば、よくなると言うことです。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、薬学博士田畑隆一郎先生の考えた「二味の薬徴」によると、成分である薬草の、当帰と大棗、当帰と細辛、呉茱萸と生姜がそれぞれペアを組んで働きます。その中心が当帰と細辛のペアで、血行をよくしひどい冷えを除きます。漢方薬は難しい漢字ばかりで、その成分まで覚えるのは一苦労。その秘訣は、冒頭でお話した葛根湯と当帰四逆加呉茱萸生姜湯の共通な成分を骨格と考え、それを応用していけば良いのです。その骨格が桂枝湯です。葛根と麻黄に桂枝湯を加えると葛根湯で、当帰(とう)、木通(つう)、細辛(さい)、呉茱萸(ご)に桂枝湯を加えたものが当帰四逆加呉茱萸生姜湯なのです。私はゴロ合わせで疼痛最後(とう つう さい ご)の桂枝湯と覚えています。受験勉強は自分にあった勉強方法を見つけ、それでやるのがいいのですが、私には語呂合わせがとても合っていました。
また、話は変わりますが、細辛と呉茱萸にはヒゲナミンという成分が入っています。2017年に、世界アンチドーピング機構により、ヒゲナミンがβ2作動薬として禁止薬物に指定されました。ヒゲナミンは、思い出深い県立大学時代の教授、故横田正実先生が発見しました。当時(1988年)の教科書「植物薬品化学」にはオクトリカブトの根に含まれる、附子(ぶし)の強心作用の本体と書いてあります。
ヒゲナミンは、気管支拡張作用があり、大量に使用した場合、交感神経刺激作用・蛋白同化作用を介して筋力増強効果があり、よってドーピング常時使用禁止になりました。またこの成分は、南天や丁子(ちょうじ)などにも含まれます。南天は南天のど飴に含まれ、丁子は、柿のへたと生姜を加えると、しゃっくりに使う漢方薬になります。また、丁字はクローブとも言われスパイスとしてチャイにも入っていることもあるので、やはりドーピングに注意が必要です。
ヒゲナミンは附子から発見されたのですが、附子については狂言に附子(ぶす)というものがあります。御存知ですか?私は遠い昔に授業で習ったことがありました。ある家の主人が「附子という猛毒が入っている桶には近づくな」と使用人2人に言いおいて外出するのですが、実は中身は砂糖で、使用人は主人の嘘を見破り砂糖を食べつくしてしまいます。主人の嘘を逆手にとり、掛け軸と茶碗をわざと壊し、壊してしまったため、死んで詫びようと毒だという附子を食べたが死ねず、困っていると言い訳する一連の出来事を滑稽に描いているお話です。
附子は猛毒ということで、私が卒業したころ、トリカブト殺人事件というものがありました。フグ毒と組み合わせることで、アリバイ作りをしていたのですが、その説明は薬学部を卒業すると分かるようになります。お楽しみに。附子の中のアコニチンという毒は、炮附子といって加熱、加圧して加水分解することによって、アコニンとなり減毒します。生姜、粳米、膠飴、蜜などの粘漿剤と同時に用いると毒性が緩和されます。ですから、漢方薬に使われる場合は心配しないでくださいね。
最後に「二味の薬徴」の働きは、気・血・水・滋潤・温める・清熱・通利の7つの働きにも分かれます。呉茱萸・附子・細辛は乾姜・烏頭とともに温めるに分類されています。呉茱萸は温経湯、呉茱萸湯にも含まれています。細辛は、苓甘姜味辛夏仁湯(水気散)にも、麻黄附子細辛湯にも含まれています。
高校生には、少し難しかったかもしれませんが、少しでも現場に触れて頂きたい気持ちでお話させて頂きました。皆さんのこれからのご発展をお祈り申し上げますと同時に、この様な機会を頂きましたことに深く感謝いたします。 ありがとうございました。